四月大歌舞伎『木挽町のあだ討ち』を観ました。
とっても好きな作品で、結局3回も観てしまった…!感想です。
※ネタバレしています。公演は終了しましたがこれから配信を観る方、小説を読む方はご注意ください。

まず、季節の移ろいがとても美しく描かれている作品だなと思った。
最初の伊納家の場面では、桜が咲いていたりホトトギスが鳴いていたりと春を感じる。
次の、伊納菊之助(市川染五郎さん)が森田座を訪ねる場面は夏。
森田座裏手の、栄二(澤村宗之助さん)とほたる(中村壱太郎さん)が衣装を干したりする場面は秋。
そしてやっぱり日本人にとって仇討ちと言えば冬なのか、仇討ちの場面では雪が降ってた。
美しいのと同時に、季節の巡りで時間の経過を表現しているのもいい。
伊納家で最初の事件が起きる前、菊之助はお母さんに「この前髪もあと一月(=あと1か月で元服)」と話していたけど、実際には季節が一巡しても菊之助の前髪はなくなっていなかった。
事件のせいで元服できなかった、とかあるのかな…
伊納家の場面から森田座前の場面への転換、振り被せられる染五郎くん題字の幕がかっこいい〜!
少し物語が進んだ後に作品タイトルが映し出される演出、現代劇ではよくあるけど、それがこの幕なの歌舞伎らしさもあってめちゃくちゃ好きな演出だった。
森田座前の場面、木戸芸者として呼び込みをするのが市川猿弥さんと中村虎之介さん!
お二人とも喋りが上手い方なのでとても様になる。
実際にある芝居の台詞(?)で客引きしていてとてもいい。
もっと後には、篠田金治(松本幸四郎さん)が忠臣蔵の舞台で使われる小道具を紹介する場面があるけど、ここで急に黒御簾音楽が流れる。
もしかして実際に忠臣蔵で使われる曲とかなのかな?
こういう仕掛けが盛りだくさんで、歌舞伎をよく観る方こそ楽しめる作品なんじゃないかな。
もっと経験積んでからまた観たい!と思った。
楽屋口の場面で、役者役の中村橋三郎さんや中村橋光さんを発見!台詞あって嬉しいねぇ。
後の空舞台の場面では彼らと、染五郎くんまで参加して、金治たちの会話劇の後ろで大道具で遊んでてかわいかった。
壱太郎さん演じるほたる、とてもいい。
第一幕では肉食系女子のようなキャラで、言動に笑えるポイントが多かった。
第二幕には、この人もきっといろいろあったんだろうな…と感じる場面が多くて、特にみんなで菊之助に仇討ちをやめるよう説得するシーンがアツかった。
観劇1回目は上手前方の席で観ていたので、壱太郎さんの「ふざけるな!」を真正面から浴びてビクッとなりました。
ほたるの台詞「現(うつつ)を忘れる、それが芝居の力さ!」がすっごく好き。観劇を趣味にしてる人はみんな「そうだそうだ!」と思ってると思う。
この作品には素敵な台詞が多かったな。
百年に一度だけ海面に顔を出す盲の亀が流木のうろに顔を入れるくらい、三千年に一度だけ花を咲かせる優曇華と同じくらい。
仇討ちの相手に出会えるのはそれくらい低い確率。
「私たちが出会えたのも優曇華の花じゃないのかい?」と聞くほたるに「そうです」と素直に答える菊之助が好き。
大好きなみんなに出会えた奇跡をちゃんと噛み締めてる。
金治は、第一幕では普段の幸四郎さんのイメージとは少し違う、ちょっとミステリアスな人物。
菊之助の仇討ち話を聞いて吐き捨てるように言う「くっだらねぇな」に、冷水を浴びせられたような気分になった。
この発言から、第二幕で「俺が仇討ちの筋書を書いてやる!」といきいきし始めるギャップがたまらない。
身内のような存在を斬らなければならない、それが武士だと言うならそんなものは捨ててしまえ。
金治のテンションは第一幕と第二幕とでガラリと変わるけど、立場は一貫しているんだよね。
幸四郎さん演じる金治が菊之助に「お父上が受けなかった盃、受けてはくれないか」と誘う場面があった。
舞台上では描かれなかったけど、金治と菊之助二人でお酒飲んだのかな!?
染五郎くんが20歳になってすぐのこのタイミングでこんな台詞聞けたのアツい〜!
菊之助と作兵衛(市川中車さん)の再会の場面では二人が抱き合ったりして、すっかり仇討ちのことなんて忘れたように再会を喜んでいてほっこり。
だからこそ、その後に明らかになる真相にやり切れなさを感じてしまい辛い。
中車さん、ひとつのシーンの中で似たような内容の台詞があっても言い方を変えていて、コミカル(笑っていいところ。「ありがたいなあ!」とか)と、シリアス(真剣に聞くべきところ。「それが伊納の家に生まれたあなたのさだめなのです!」とか)の緩急が素晴らしかった。
一度は仇討ちの覚悟を決めるも「おかしいおかしい!」と悩んでしまう菊之助。
「身内のような」作兵衛への情と、両親や国への思いで揺れる演技が繊細で…
作兵衛が去ってから月を見上げて「私はいかがいたせば良いのでございましょうか…」と問うとき、瞳が揺れているのが見えて胸が苦しくなった。
この作品、全体的に染五郎くんの顔の良さが100%いい方向に説得力を生んでいてすごい。
坂東彌十郎さん演じる久蔵のお家のシーンでは、白いごはんをモリモリ食べて「おいしい…」と泣き出す菊之助。
自分のお家では当たり前のように女中さんが白いごはんを盛ってくれていたけど、旅する中でそれが当たり前ではないことに気づいたと。なんていい子なの…!
道端で息絶えた人と、それに慣れている道行く人。その光景に衝撃を受けた菊之助。
菊之助、お父さんの件では辛い思いをしたけど、普通に武家の子として大人になって家を継ぐよりも遥かに貴重な経験をしたよね。
強さだけでなく優しさも持った素敵な武士になるんだろうなあ。
「この子死ぬ気だよ」と見抜く与根さん(中村雀右衛門さん)は、さすが男の子を育てていたお母さんなのかも。
久蔵さんと与根さん夫婦は、亡くなった息子と菊之助を重ね合わせる瞬間もあるけど、菊之助自身のこともきちんと大切に思っているのが伝わってくる。
菊之助の仇討ちについて夫婦で何度か言い合いのようになるのも、菊之助を思うからこそ。
ふたりの思いを受け止め「父の情愛、母の慈悲…」と語り出す菊之助。もう涙が止まらない。
台詞の中で徐々に声が力強くなっていき「菊之助もかくありたい、かくあらねば」には確かな決意が見えた。
染五郎くん、本当に素晴らしかった…!
菊之助のことが大好きなみんなが空舞台に集まる場面は、ものすごい「愛」のシーンだった。
大人たちが、時にぶつかり合いながらも必死に菊之助の仇討ちをやめさせようとする。
すべては菊之助を人殺しにしない、業を背負わないために。
家族でもないみんながこんなにも菊之助のことを思っている、それだけで泣けてしまう。
みんな菊之助の、素直で誠実なところに惹かれたんだろうなあ。
この場面、菊之助もいいけど他の登場人物もすっごくよかった!
吉原で生まれ育った一八(猿弥さん)、花魁と恋仲だった(?)金治、焼き場で育ったほたるなど、それぞれのバックボーンが垣間見えて…
作中で描かれなくても登場人物にはそれぞれ人生があって、辛い思いもたくさんしてきただろうけど、その分優しくなって菊之助に親身になるのだろうなと。
鶴屋南北とその息子が森田座に…のくだり、きっとここで自棄になりそうだった金治をまたやる気にさせたのは菊之助なんだ。
「鶴屋南北には書けない仇討ちの筋書を書いてやる!」という幸四郎さんの目、とてもキラキラしてた。
久蔵さん夫婦然り、菊之助も気づかないうちに森田座のみんなのことを救っていたんだなあ…
幸四郎さん金治の「これが真(まこと)の、木挽町のあだ討ちだぜ!」かっこよかった~!!!
そして、仇討ちの場面。
雪で覆われた真っ白な森田座と、そこに現れる菊之助の真っ赤な振袖の対比が美しい。
菊之助と作兵衛が再会し、作兵衛の子分も交えての立廻りは、目にも鮮やか。
菊之助の動きに合わせてふわっと舞う雪もとても綺麗だった。
でも見惚れている暇もなく、回り舞台が回転したと思ったら森田座の中の様子が見せられる。
ここ、ほんの数秒のことなのに金治が考えた「木挽町のあだ討ち」の仕掛けがすべて伝わるのがすごい。
金治のアイディア素晴らしい!そして、とても幸四郎さんっぽい。
クスッと笑えて、でもみんなハッピーになれて。
第二幕は特に、当て書き?と思うくらい幸四郎さんらしいお役だったな。
菊之助が作兵衛の首(仮)を取ったときに、金治とうなずき合うのがすごく好き。
このふたりの関係性いいなあ。親子とも師弟とも似てるようで少し違う、信頼と情で繋がっている関係。
「好き」の気持ちが「金治→→→→→←菊之助」って感じなのもリアルで良い。笑
この仇討ちの場面、主要な人物はほぼみんな集合しているのに虎之介さんがいない…と思っていたら、この後に大事なお役目が!
読売として、客席の間を練り歩きます。
「さあさ、買ったり買ったり〜!」
アドリブっぽい台詞が多くて楽しかった。
「さっきまで森田座で客引きしてたろって?それを言っちゃ駄目だよ!あれだけじゃ食っていけないんだ」
「松鯉さんのようには喋れないよ!」(5日)
「篠田金治を知らない?幸四郎に似てる人だよ!」
「東洲斎、写楽しゃらくしゃらく…」
「イープラスいーぷらすいーぷらす…」(12日貸切公演)
「偉い先生の受け売りなんですけどね。渡辺保はいねえよな!」
「今月ほんとにいねえよな?」(25日千穐楽)
「(瓦版を配りながら)学校の先生じゃないんだから。1枚取ったら横に回してください〜」
「今日は早く帰って来いって言われてんだ。わ〜!(残った瓦版を宙にばら撒く)」(25日千穐楽)
初回は前から2列目で観劇していたので、虎之介さんと何度か目が合った!
目力強いから同時に3人くらいと目合わせられそうだけど。笑
すぐ近くの人が瓦版をもらっていて、羨ましかったな〜
そしてそして、ラストの菊之助旅立ちの場面。
決して派手ではないけど、涙なしには観られない。温かくて清々しい、大好きなシーン。
菊之助が無言で作兵衛の顔を見て安心したような表情するの、ほんっとうによかった…
最初から観てきた中でいちばん柔らかい笑顔で、あの表情を見ただけで「よかったねよかったね…!」と涙が出てくる。
この場面も素敵な台詞が多かったな。
菊之助の「芝居とは本当に、良いものですね」
芝居を生業にする人、それもこの先何十年も芝居に携わるであろう20歳の染五郎くんからこの台詞を聞けたこと、本当にジンとしてしまった。
金治の「生きていこうな、お互いに。何があっても」
この作品は菊之助が旅立って綺麗に終わるけど、故郷に帰った菊之助にはこの先数多の困難が待ち受けているはず。
久蔵さんのお家で打ち明けたように「あのとき父に斬られていれば…」と思ってしまうこともあるかもしれない。
そんなときに金治のこの言葉を思い出して思いとどまったりするんだろうな。
金治もまた、鶴屋南北の移籍やら何やらで苦労するに違いないけど、菊之助の真っ直ぐな瞳やこの木挽町のあだ討ちの一件を思い出して、自分にしかできないことを見つけていくんだろうな。
そんな未来に思いを馳せてしまう、大好きな台詞だった。
最後は作兵衛の「守らせ給え、あの寒菊を」
これを泣かずに聞ける人がどこにいるだろうか…
作兵衛は伊納家の下男だったから菊之助への忠心を持っているけど、もう下男ではないしもはや「作兵衛」でもないし、きっとお互いのために今後会うこともないんじゃないかと思う。
菊之助の無事を祈る姿には、主従ではなく深い愛を感じた。
中車さん、本当に泣かせてくる…
菊之助を見送る金治、というか幸四郎さんは泣いていて、2列目で観たときには流す涙や赤くなった目も見えて、胸がギュッとなった。
役としての金治の人生はもちろん、20歳になった息子が立派に主役を演じて花道を引っ込んでいくのを見送る幸四郎さんの思いまでも勝手に想像してしまった。
とにかくあの泣き顔に心掴まれてしまって、毎回目に焼き付けようと必死だったな。
世の中には、あんなに美しく泣く人がいるんだなあ…
この場面、猿弥さんも泣いてて普段とのギャップにズキュンときたし、佐野川妻平(中村種之助さん)の上方役者らしい無邪気な笑顔にはホッとした。
無事に菊之助の見送りが済むと、幸四郎さんがまだ涙に濡れた瞳で「さ、それぞれの仕事に戻ろう!」と笑顔を見せて幕。
多幸感…!
「現を忘れる」芝居の終わりにふさわしく、観ているこちらまで「現実でも頑張っていこう」と前向きな気持ちにさせてくれる幕切れだった。
心に響く台詞が多かったのは、原作が小説だからかな。
それに加えて作者の永井紗耶子さんが歌舞伎ファンらしいので、ファン目線で芝居の素晴らしさを表現している台詞(「現を忘れる、それが芝居の力さ!」など)が多かったように思う。
今月は何かと忙しくて原作を読んでから観劇するのは早めに諦めていたけど、落ち着いたらゆっくり読みたいな。
染五郎くん20代一発目の記念すべき作品、本当に素晴らしかった。
「優曇華の花」の奇跡でこの作品に出会えて幸せでした!