徒然なるまま

日々の記録

読書感想文『六人の嘘つきな大学生』

こんにちは。

今日は、先日読んだ本の感想を書いていきたいと思います。

ネタバレを含みますが、重要なネタバレの前には「※(米印)」で区切りを入れます。

 

題名:六人の嘘つきな大学生

著者:浅倉 秋成

発行:2023年(Kindle版)

 

 

まず、ネタバレなしの感想を。

すごい!緻密!著者の頭の中を覗いてみたい!

解説の方が「ロジカルモンスター」と表現したとおり、本当に論理的というか、計算し尽くされた小説です。

それでいて、解説で紹介されている著者の発言のとおり、伏線回収やどんでん返しだけがこの小説の魅力ではありません。

ラストは涙が止まらなかった…

 

少しだけストーリーに触れると、就活のお話です。

主人公の波多野翔吾は、スピラリンクスという企業に就職するため、最終選考のグループディスカッションに臨みます。

このスピラリンクス、正社員数200人未満の新興企業でありながら、リリースからわずか2年で1,500万人の登録者を抱えるSNS「スピラ」を生み出した、すごい企業です。

初任給は破格の50万円。就活生にとって憧れの的です。

応募総数5,000人以上の中からふるいにかけられた、超優秀な6人がこのグループディスカッションに参加することとなります。

さわやかイケメンの九賀、体格自慢の袴田、美人で人脈の広い八代、かわいくて洞察力のある嶌、秀才タイプの森久保、そして、「普通にいい人」波多野。

そのグループディスカッションでとある事件が起きて…というもの。

 

※※※以下、改行後に重要なネタバレを含みます※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読み終わってから振り返ると、読みながら覚えた些細な違和感のすべてに意味がありました。

 

例えば「やけに実在する固有名詞が多いな」ということ。

各就活生の通っている大学名や飲み物の商品名など、実在のものがたくさん出てきます。

この著者の小説を読むのは初めてだったのですが、これまで読んだ小説でここまで実在の固有名詞を多用するものはなかったので、「リアリティを出す手法なのかな…」くらいに捉えていました。

ですが、そうすることに重大な意味があったのです。

大学名(と学部名)は後に、「事件」の犯人とされた波多野のアリバイを証明するために必要な要素となります。

またお酒の「スミノフ」は、波多野が真犯人に気づくきっかけとなり、それと同時に読者をミスリードする一因ともなった重要ワードです。

そして一番感嘆したのが、序盤に一度出てきたきりの嶌のバイト先「プロント」。

これにより、波多野が恋愛感情によって盲目になっているわけではなく、論理的思考の結果、嶌を疑っていなかったことが証明されるのです。

このプロントは全く予想外でした。

それでいて「確かに言ってた!」と記憶の片隅には残っているレベルの絶妙な伏線…

バランス感覚が素晴らしいです。

伏線ではない固有名詞も多数登場することで、伏線として散りばめられた語が浮かず、上手くカモフラージュされているのだと思います。

これもおそらく著者の計算…恐るべし。

 

逆に「これは何かあるぞ…!」と感じた単語が「ジャスミンティー」。

この単語は、プロントなどとは対照的に、序盤から幾度となく登場します。

波多野のUSBメモリのパスワードを嶌が推理する場面、読者の多くは「嶌さん気づいて!ジャスミンティー!」と思ったと思うのですが、これは誤りだったことがわかります。

このミスは、現在の嶌が「波多野が嶌を真犯人だと思っていなかった可能性」に気づくために必要なステップであり、そのために読者に対しては「嶌が愛したもの=ジャスミンティー」を強く印象づけておく必要があったのです。

振り返ってみると、意味のある単語こそさりげなく、読者に気づかれないように配置されているのに対して、ジャスミンティーはいかにも「伏線ですよ」感を出してわざとらしく何度も登場しています。

この著者が、こんなにわかりやすい伏線を張るはずないのです…

(わかったようなことを言っていますが、この後まだまだ騙されます。)

 

後は、この小説の構成そのものも仕掛けとなっています。

前半と後半の2部構成。

前半は主に波多野の語りで2011年のグループディスカッションの場面が展開していき、合間に2019年のインタビューが挿入されます。

小説冒頭の「もうどうでもいい過去の話じゃないか」で始まる文章は、文末に氏名の記載があることから、波多野によって書かれたことがわかります。

その中で触れられた「調査」が2019年のインタビューのことを指すと錯覚する読者は多いのではないでしょうか。

そのため、2019年のインタビューにおけるインタビュアー(=内定を勝ち取り、現在スピラリンクスで活躍している者)も波多野であると勘違いし、グループディスカッションで波多野が窮地に立たされても、最終的にはなんとか切り抜けるんだろうとどこか楽観的に読み進めてしまいます。

ですが、実際にはインタビュアーは2人いたのです。

1人は、事件から半年後の2011年9月に「調査」を行った波多野。

そしてもう1人は、波多野の死をきっかけに2019年に調査を行った嶌。

 

前半のラスト、最後のインタビューの相手である森久保が嶌を名指しして、「君こそが犯人だったんだろ」と指摘します。

ここでようやく、インタビュアーの正体が嶌であったことが明かされました。

森久保の推理には多少穴はあるものの概ね筋は通っていて、私は全面的に納得してしまいました。

言われてみれば確かにこういう部分が怪しかった!犯人だからインタビューなんかしてるのか!と…

 

そしてその直後に描かれるグループディスカッションの場面。

ここまで読者と一緒に仲間を好きになって信頼し、裏切られて傷つき、悩んで最適解を見つけ出そうとしてきた波多野が、犯人の濡れ衣を着せられて退場を余儀なくされます。

絶望の中で必死に頭を回転し、大好きな嶌のために最善の行動を起こして、スピラリンクスを去るのでした…

 

後半の主人公は替わって嶌です。

嶌が真犯人という森久保の推理を信じている私は、「こいつ〜」という気持ちで読んでいきます。

「セダンタイプを3台ほど見送ってから、スライドドアタイプのタクシーに手を挙げる。」

さすが初任給50万円の企業に7年以上勤めていることもあり、金銭感覚が庶民とは違うようです。

が、この行動は後に、嶌の下半身の障がいに起因したものであることがわかります。

「嶌真犯人説」が提示された直後のこのタイミングに、嶌が大金を手にして変わってしまったかのような描写をもってくることにより、読者の多くは「やっぱりな」と説を信じてしまうのです。

著者、やはり只者ではありません…!

 

ここから芋蔓式に「そういえばそんなことあった!」と記憶が呼び起こされていったので、思い出した順に記していきます。

 

まずは、嶌の障がいについて。

思い返すと確かに、過去のエピソードやインタビューの中で、波多野や八代、九賀が嶌の足を気遣う描写がありました。

 

そしてその障がいの一因となった嶌の兄は、前半にさりげなく出てきたミュージシャンの「相楽ハルキ」です。

彼にも何かあるのだろうとは思っていましたが、まさか嶌の兄だとは…!

薬物使用のイメージが強かったですが、読み返してみると「交通事故を起こした」との記述がありました。

この事故の際に同乗していたのが妹の嶌だったのですね。

小説の前半、会議室で波多野と嶌が2人きりになる場面で、机に突っ伏して寝ている嶌に波多野がブランケットをかけると、目を覚ました嶌は「お兄ちゃんかと思った」と呟きます。

嶌は兄と一緒に暮らしているので、単に寝ぼけて波多野と兄を勘違いしたのかもしれません。

ですが、このシーンがちょうど、兄の相楽が薬物使用により世間から大バッシングを受けていた時期であることを踏まえると、勘違い以上の嶌の兄への思いを感じてしまいます。

 

また、波多野の妹である芳恵が亡き兄への思いを語り、嶌がそれを聞く場面。

大好きなお兄ちゃんというわけではなかったが、もう会えないとなると思い出を集めて整理しておきたくなる。

芳恵の思いを聞いた嶌は急に、芳恵への態度を改めます。

同情などではなく、「同じように兄を持つ身として」誠実に接したいと。

私は正直、この部分を読んで「そんなものか…?」と感じてしまったのですが、これまでの経緯を踏まえると嶌にとっての「兄」は多くの人にとってのそれとはまた違う意味を持つ存在なので、兄を亡くした芳恵に共感したのかもしれません。

友達に兄の悪口を言われると頭にくるが、逆に褒められても面白くない、というのは少しわかる気がします。

兄のことをよく知りもしない人が、一面だけを見て「最低だね」「いい人だね」と評価をしてくることに反発を覚えたのではないでしょうか。

このあたりは、嶌の後輩で相楽ハルキのファンでもある鈴江真希が、相楽の性格がいいと断言したときの嶌の反応ともリンクします。

 

小説の終盤、波多野が生前に真犯人である九賀と、嶌にあてて書いたメッセージ。

そこには、グループディスカッションから半年後の波多野の行動や思考が綴られていました。

 

「いい人だと思っていたのに実は悪い人だった」というのは小説などのフィクションではよくある展開ですが、この小説ではさらに「でもその人にはこんないい面もあった…!」とひっくり返されます。

いいことをしたからいい人、悪いことをしたから悪い人。

現実世界の人間は、そんな二元論で語れるものではありません。

誰しも、いい面と悪い面、表側と裏側を持って生きているのです。

ここに至るまで描かれてきたのは、グループディスカッションで起きた「事件」という現実離れした出来事でしたが、ここではリアルな人間らしさが描かれています。

 

「デキャンタ騒ぎ」の真相には泣きました…

彼らは、本当にいいチームだったのだと思います。

事件によって溝が生じてはしまいましたが、事件前に互いを思いやっていたことは、決して嘘や偽善などではなかった。

九賀も、決して許されない事件を起こしましたが、その一因となったのは、嶌が飲めない酒を無理やり飲まされていると勘違いしたことでした。

他人に対する配慮が当たり前にできる人だからこそ、それができない人たちのことが許せず、事件に及んだのかもしれません。

 

こんないいチームだからこそ、事件の真相が明らかになって波多野の名誉が回復することを…

できることなら、メンバー5人で思い出話をしながら波多野のお墓参りに行く未来を…

願わずにはいられません。

 

さて、なんとなく綺麗な「いい話」で終わるかと思いきや、少しだけ続きがあります。

波多野が遺したロッカーの中に隠されていた、最終選考のやり直しを求めるスピラ人事部あての文書。

最後の最後に「聖人」かと思われた波多野の黒い部分が垣間見えるのです。

波多野の妹芳恵による「兄のことをどう思っていたか」の質問に、最初は上手く答えられない嶌。

ですが、波多野のスピラあての文書を読んだ後、はっきりと言い切ります。

「好きだったよ」

このときの嶌の感情を推測して言語化することは、私にはできません。

ですが、嶌の気持ちも少しわかるような気がしました。

 

さて、感想はこのあたりで終わりにしようと思います。

ブログのタイトルを「読書感想文」としましたが、感想というよりはあらすじや解説のようになってしまいました。

小学生の頃に読書感想文を提出して「あらすじではなく感想を書きましょう」と指導された苦い思い出が甦ります。

でも、大人だからいいですよね。

「そういうことか!」と感動した仕掛けを厳選せずに書き留めておきたいのです。

 

長文になってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!