歌舞伎座の八月納涼歌舞伎第三部『狐花(きつねばな)葉不見冥府路行(はもみずにあのよのみちゆき)』を観てきたので感想です。
※ネタバレを含みますのでご注意ください。
脚本を手がけるのは、ミステリー界の鬼才と呼ばれる小説家の京極夏彦さん。
それゆえに、いい意味で「歌舞伎っぽくない」と感じる場面が多々ありました。
演出や音楽が新鮮で、まるで映像作品を観ているみたいだった。
特に、一瞬だけスポットライトに照らされた人影がすぐスモークの中に消えて暗転するという演出。現代劇の演出っぽくて印象的だった。
歌舞伎は大向うとか拍手とかたくさんの「一緒に楽しむ」作品が多いけど、この作品は「見せる」「魅せる」に特化していて、観客は静かに固唾を飲んで見守る。
集中力が必要で少し疲れたけど、そのぶん純粋に物語に引き込まれた。
タイトルにもある「狐花」は彼岸花の別名。
狐は神様の使いとして神社にいることが多いし、人を化かすとも言われている神秘的な動物。昔から神職を生業にしてきた信田家にぴったり。
狐花の他に、彼岸花には地獄花、火事花、幽霊花など本当にたくさんの別名があるんだな。知らなかった。
そして、花が咲くときには葉が枯れてしまって、花と葉を同時に見ることはできない。
葉も見ずにあの世の道行き…なるほど。
この物語の一本筋として、ことあるごとに登場する彼岸花。
最初は不気味なもの、恐怖や不幸の象徴として用いられるのに、真実を知った後にはあたたかな印象に変わる。
いや〜…文学的!
こういう物語の流れの美しさは、さすが作家さんだなという感じ。
ここからは、印象に残った役や役者さんたちに触れていきます。
まず、雪乃を演じる中村米吉さん。
いったいどこから声を出しているのでしょう。
米吉さんに若い女の子をやらせたら、私なんかより数百倍かわいい。
美人なのに天真爛漫でちょっと危うさの残る女性を見事に演じていらっしゃいました。
かわいい繋がりで、今回おそらく初めてお目にかかった中村虎之介さん。
見た目がかわいすぎない…?
女形に向いてるお顔立ちですよね。完全に少女だった。
虎之介さん演じる実祢は毒舌な女の子ですが、あのかわいいお顔で毒を吐くギャップがたまらなかった…!
中村七之助さん演じる萩之介は、前半はとにかく怖い…
美しすぎるがゆえに女性たちから愛され、憎まれる罪な男。
不気味なオーラを纏っていて、萩之介の登場シーンはずっとうすら寒いような気がしてた。
初めは人間に化けた狐か何かなのかと思いながら観ていたけど、人間でした。いい兄。
雪乃ちゃんに真実を伝えて抱き合うシーンはよかったなあ。七之助さんはこういうシーンで抱かれることが多い人だから、抱く側なのが新鮮だった。
中村勘九郎さん演じる上月監物は、最低な男です。
コイツだけ生きてるのが許せない。
歌舞伎に限らずこういう復讐ものって、恨みの程度が弱い相手から順に殺していって、あとはいちばん憎き相手ただひとり!というところで主人公が止めてしまうので少しモヤっとする。
いや、気づいてて見逃すような主人公だったら嫌だけどさ。
私が復讐する側だったら下っ端からじわじわ殺さずにいちばん憎き相手を真っ先に殺すけどなー…(物騒な話になってきた)
今年の納涼歌舞伎では第二部、第三部と続けて勘九郎さんが悪い男を演じていて、個人的には珍しく感じた。
でも、上月を見ちゃうと新三なんてかわいいもんじゃんという気がしてくるな…
珍しいといえば、市川染五郎さん演じる的場佐平次。
悪い染五郎くんも新鮮で素敵だった〜!
幸四郎さんと京極さんとの対談で
京極:「この役(的場佐平次)にこんな若くてキレイな人でいいの?」と驚きました。
というやりとりがあったけど、まさにそうだ。大抜擢だよね!
染五郎くんは好青年の役が多い印象だけど、悪い役も似合ってたな〜
勘九郎さんとふたりで悪い顔するシーンは表情がとても良くて、もう少し寄りで見たくなった。
座敷牢での萩之介と雪乃のやりとりを聞いていて「残念だったな!」みたいな顔しながら入ってくる的場がかっこよかった。
ストーリー的には来ないでほしいところだったけど、ビジュアルが良すぎて複雑な気持ちになりました。
でも的場もかわいそうな男なんだよ…
それもこれもすべて上月が悪い!
そしてそして、我らが松本幸四郎さん!主人公の中禪寺洲齋を演じます。
彼岸花のセットがとても妖しげで魅惑的で、幸四郎さんと七之助さん2人のシーンは終始ゾクゾクした。
洲齋がずっと萩之介の復讐を止めようとしてたのは、弟の身を案じていたからなのね。
死にゆく萩之介を抱いて自分の出自を明かし、母と弟妹への想いを語るシーンは美しすぎたな…!
ここでようやく、冒頭のシーンで生き延びた赤ちゃんは洲齋か!と気づきました。
この作品で主に描かれるのは、冒頭のシーンから25年後の事件。
ということは、幸四郎さん演じる洲齋は25〜26歳ということ!?すごいな…
終盤、花道で幸四郎さんが首にスカーフを巻いて京極さんになった(?)とき、笑っていいのかどうか微妙な空気になった気がする。
この場面、幸四郎さんの目がキラキラウルウルしていて、見ているこちらもウルウルしてしまった。
歌舞伎っぽくないと感じる演出が多い一方、やっぱり歌舞伎だなあ…と感じる部分もあったな。
この作品の核となるトリック、七之助さんによる萩之介とお葉の二役。
同じ役者が演じる別の人物…ではなく、作中でも同じ人物でした。
これは歌舞伎ならではだよね!
現代劇でも一人で二役を演じることはあるけど、性別を超えて演じることはあまりないし。
「女装している男性」ではなく「女性」と素直に受け止められる歌舞伎という環境だからこそ、このトリックは成立するんですよね。
取材会で京極さんが「歌舞伎でないとできない仕掛けを作るべきだろうなと思って」と話していたけど、まさにそうだと感じた!
終盤、そこも兄弟なの!?と判明するのが畳み掛けられて少し混乱した。
因縁が複雑に絡み合う感じが三人吉三を彷彿とさせて、それにも歌舞伎っぽさを感じたなあ。
あれ結局どういうことだったの?とか、そのトリック必要だった?とか、現時点では疑問に思っている箇所もあるのだけど、それは私が舞台しか観ていないからで、小説を読めば解決するのかもしれない。
ただ一つだけ個人的な難点を挙げるとすると、「推しの笑顔が見たかった…!」です。
笑うような明るい演目ではないのはわかってるけど…!
萩之介を胸に抱く場面や花道で京極さんになる場面で優しい微笑みは見せてくれたけど…!
やっぱり私はニコニコ楽しそうな幸四郎さんが好きなんだなと実感する機会となりました。
いろいろ言ってしまったけれど、涙あり、ミステリーあり、少しだけホラー要素ありの、夏にぴったりの演目でした。
楽しかった!